今回は、「公益通報者保護法」について解説します。
皆さんはもし職場で不正を見つけたらどうしますか?
「このまま放置して大事になったら……」と思いながらも、「通報してクビになったらどうしよう…」という不安を感じてしまう方が多いと思います。
この法律は、不正を見つけた方が安心して声を上げられるようにするための、大切なルールです。
1.公益通報者保護法ってどんな法律?(概要)
一言でいうと、「職場の不正を勇気を出して通報した人を、会社からの不当な仕打ち(クビや降格など)から守る」ための法律です。
会社や組織が法律違反をしているのに、誰も気づかないフリをしたり、見て見ぬふりをしたりすると、大きな事故や事件につながり、最終的に私たち国民全員が困ってしまいます。
そうなる前に、「これはおかしいぞ!」と声を上げた人がいたら、その人の勇気を守り、報復から保護しよう、というのがこの法律の目的です。
どんな通報が「守られる通報」になるの?
どんな通報でも守られるわけではありません。「公益通報」としてこの法律の保護を受けるためには、いくつか満たすべき条件があります。
| ポイント | 具体的な内容 |
| 通報する人(通報者) | 「働いている人」が中心です。正社員、パート、アルバイトはもちろん、派遣労働者、会社の役員も含まれます。さらに、最近の改正で、フリーランス(業務委託の人)や、会社を辞めてから1年以内の人も守られるようになりました。 |
| 通報する内容(対象事実) | 個人の生命、身体、財産などを守るための「法律に違反する行為」です。例えば、食品衛生法違反(期限切れ食材の使用)、個人情報保護法違反、環境関連法違反などが当てはまります。 |
| 通報する目的 | 「この不正を止めたい」「被害の拡大を防ぎたい」という場合に行います。「不正の利益を得よう」とか、「あの人に仕返ししてやろう」といった悪い目的ではないことが必要です。 |
| 通報する場所(通報先) | 以下の3つのルートのいずれかに通報した場合に守られます。①勤めている会社や、その会社の内部の通報窓口②その不正行為を取り締まる権限を持つ「行政機関」(例:厚生労働省、消費者庁、警察など)③被害の拡大を防ぐために必要な人(例:新聞社、テレビ局などの報道機関や、消費者団体など) |
2.なぜこの法律が作られたの?(成立の目的)
この法律が生まれたのは、いくつかの大きな社会的な背景と、はっきりとした目的があります。
1. 組織の不正を「内部」から正すため
企業や行政機関の不祥事は、外部からだけではなかなか見つけにくいものです。一番よく知っているのは、そこで働いている人たちです。
しかし、もし不正を通報して報復されたら、誰も通報しなくなってしまいますよね。そこで、「通報者をしっかり守るから、勇気を出して声を上げてほしい」というメッセージを社会に出すために作られました。
2. コンプライアンス(法令遵守)を促すため
通報者が守られるようになると、会社側は「いつ、誰が通報するか分からない」という意識を持つようになります。この意識が、会社全体に「ちゃんと法律を守らなければならない」という緊張感を生み出します。
つまり、この法律は、不正をなくして、社会全体が健全に発展していくための「土台」作りを目的としているのです。
3.事業者が具体的に実施しなければならないこと
この法律は、通報する人を守るだけでなく、「通報を受ける側」である会社(事業者)にも、いくつかのルールを守るように求めています。
特に、2022年6月の改正法からは、規模の大きな会社には、内部通報の体制を整備することが「義務」になりました。
【義務の対象】
常時使用する労働者の数が「301人以上」の会社や組織(地方公共団体を含む)
(※ 300人以下の会社は「努力義務」ですが、今後は小さな会社でも体制整備が必須になる流れです。)
義務の内容:会社がやるべきこと
| 実施事項 | 会社が具体的にやること |
| 通報対応の「体制」を整える | 🚨 内部通報窓口を作り、通報を適切に受け付けるルール(規程)を定めます。通報が来たら、迅速かつ公正に調査し、不正が確認されたら必ず是正(直す)措置をとる流れを作らなければなりません。 |
| 担当者をしっかり決める | 通報を受け付けたり、調査をしたりする人を「公益通報対応業務従事者」として正式に指定します。 |
| 通報した人を絶対に特定しない | 指定された担当者には、通報した人の情報を外部に漏らさないよう、守秘義務が課せられます。この義務を破って通報者を特定する情報を漏らした場合、罰則(30万円以下の罰金)の対象になります。 |
| 通報者に不当なことをしない | 通報を理由として、解雇したり、給料を下げたり、降格させたりすることは、この法律で明確に禁止されています。 |
4.2025年6月に成立した改正公益通報者保護法の改正点
さらにこの法律は、2025年6月にもう一度、実効性を高めるための大きな改正が行われました。(この改正は2026年中に施行される予定です。)
この改正は、「守られる人を広げ、報復行為をより重く罰し、制度を確実に機能させる」ことを目指しています。
1. 守られる人がさらに広くなりました!
| 改正前 | 改正後 |
| 主に労働者、役員、退職者が保護対象でした。 | フリーランス(業務委託を受けている個人事業主)や、業務委託契約が終了して1年以内のフリーランスも保護対象になりました。 |
→ これで、雇用関係にないフリーランスの方でも、安心して発注元の不正を通報できるようになります。
2. 報復行為への罰則が大幅に強化されました!
| 報復行為の内容 | 罰則の変更点 |
| 通報を理由にした解雇、降格、懲戒処分など、重い不利益な取扱いをした場合。 | 【個人】:拘禁刑(懲役や禁錮に代わる新しい刑)または罰金【法人(会社)】:3,000万円以下の罰金(以前より大幅に重くなりました) |
→ 不正に通報者を解雇した場合、会社だけでなく、決定した個人も刑事罰の対象になる可能性が高まりました。
3. 通報者にとって有利な「推定」規定ができました!
通報した後、すぐに会社から降格などの不利益な扱いを受けた場合、これまでは通報者が「これは通報への報復だ」と証明するのが大変でした。
- 新しいルール:通報から原則1年以内に不利益な取扱いがあった場合、「通報を理由にしたものだ」と推定されるようになります。
- どう変わる?:会社側が「これは通報とは全く関係ない、正当な人事異動だ」ということを、はっきり証明しないといけなくなります。通報者の負担が大きく減り、保護が強化されます。
4. 「通報しない合意」が禁止されました!
- 禁止事項:雇用契約を結ぶ際などに、「うちの会社の不正を見つけても絶対に外部に通報しません」といった合意を、正当な理由なく従業員に求めることが禁止されます。
→ 契約によって通報の権利を奪うような行為は許されなくなります。
5.改正公益通報者保護法に則って新たに実施しなければならないこと
2025年改正法の施行(2026年予定)に向けて、企業はこれまで以上に体制を強化し、以下の点を新たに対応する必要があります。
1. フリーランス保護のための体制づくり
- 契約書の見直し:業務委託契約書や内部通報規程に、フリーランスへの不利益な取扱い禁止(契約解除、取引停止、報酬減額など)を明記しなければなりません。
- 窓口利用の拡大:フリーランスからの通報も受け付けられるように、内部通報窓口の運用対象を拡大し、周知する必要があります。
2. 体制整備義務の「確実な履行」への対応
2022年の改正で体制整備が義務化されましたが、「やっていない会社」に対しては、国(消費者庁長官)の権限が強化されます。
| 新たな国の権限 | 会社への影響 |
| 是正命令 | 内部通報体制の整備が不十分な場合、消費者庁長官から「しっかり直しなさい」という命令が出されることがあります。この命令に違反すると、30万円以下の罰金が科されます。 |
| 報告徴収・立ち入り検査 | 会社の内部通報制度の運用状況について、報告を求められたり、立ち入り検査が行われたりする権限が新設されます。これに応じない場合も罰則があります。 |
→ 「義務」が「必ずやらなければならない」ものとして、行政によって厳しくチェックされるようになります。
3. 法制度の「周知徹底」の強化
- 周知の義務:会社は、労働者、役員、そして新しく加わったフリーランスに対して、「この会社にはこんな通報制度があります」「通報したら法律で守られますよ」という情報を、確実に知らせる義務が法律に明記されました。
公益通報者保護法は、「おかしいことはおかしい」と声を上げる皆さんの勇気を守り、会社や社会の透明性を高めるための、とても頼もしい法律です。もし職場で不正に気づいた時は、この法律があることを思い出して、安心して正しい行動をとってくださいね。









